「わすれない ふくしま」のこと
確か今年の1月下旬ごろのこと。
一時期連絡を絶っていた、以前働いていたドキュメンタリー映画事務所の監督と久しぶり会い、新作ができたので手伝ってくれと言われた。
僕は映画関係で長年仕事をしていた訳でもなく、映画の業界に詳しい訳でもない。
そんな僕がこの四ノ宮監督と縁があったのは、「たまたま」でしかなかった。
自分としてはもう二度と縁がないだろうと思っていただけに、久方ぶりに会ってみるものいいかとお会いした。そこで知ったのが、監督が撮った映画「わすれない ふくしま」だった。
僕は3.11以降、自分なりにも色々と考えることがあり、原発事故や原発の存在について思うことはあった。しかしそれを直接的に述べることや、なにかを批判することに与することはしないつもりでいた。
手伝うかどうかは、映画を見て考えようと返事を保留し、2月上旬に行われていた渋谷の試写会へ行って映画「わすれない ふくしま」を観た。
その時の感想を書いておこうと思う。
以前「映画は浴びるもの」と思ったことがある。映画を観る前の状態には戻れない、という気持ちが胸の奥底から沸き上がってくるような映画と出会った時、映画は、僕らの体に直接変化を起こすような、とても身体的なものなんだ、と。
きっかけとなったのが、昨年観たロベール・ブレッソン監督の「白夜」。まさしく“浴びる”映画だった。風景を見る目や周りの会話を聞く耳に、映画の中の思考や感覚がじんわりと蓄積され、「それまでとは違う存在」として鑑賞後の自分がいた。
2月5日に試写で観た、四ノ宮浩監督の最新作ドキュメンタリー映画、「わすれない ふくしま」もまた鑑賞後、僕の中の「何かが変わった」と感じさせる、そんな映画だった。
それが何なのか分からないまま、ただ「変わってしまった」という実感だけが、抜き差しならない切迫感と共に押し寄せてきた。
この映画は、原発事故以降の福島を舞台に、建築現場や酪農で働いていた家族の姿を伝えている。映画中には営業停止に追い込まれて行き場を失った酪農場の牛たちの、見るに耐えない映像もでてくる。
一緒にこの試写を観に行った彼女は、「この映画には辛すぎる現実ばかりが映されていて救いがない、人に薦めたいとは思えない映画」だと語った。
しかし僕にとっては、出来るかぎり観てほしいと願う映画だと思う。
確かに、この映画には救いがない。
原発事故によって、非常に厳しい現実を過ごされている人たちの姿ばかりなのだから。
普通はシンプルに自分が感動したものや共感を得た映画を薦めたいと思うだろう。しかし僕には、この映画が救いや感動、共感できる要素を見出し得なかったにも関わらず、そのことによって価値を失うことはない、と思えてしまう。
過去、四ノ宮監督の「忘れられた子供たち」では、フィリピンのゴミ捨て場という過酷な環境でも青春があり、人々の姿が明るく逞しく生きる姿を描いて、感動を生みだした。「神の子たち」では、前作とは別のフィリピンのゴミ捨て場で、障害を持った子供を抱える家族などの姿を追い、家族が共に支えあう姿を通じて、忘れかけていた価値観を呼び覚ました。
だけどこの「わすれない ふくしま」では、そうした共感を見出す糸口が提示されないまま、映画が終わってしまう。福島の現実を突きつけられたまま放置されたかのように僕は戸惑い、言葉を失う。
映画というものは、たいていその中に、一つの世界観が完結されているものと考えていたけど、その意味で言えば、この映画は完結していない。今も終わらない原発事故の影響下で、避難生活を続けている福島の人々の現在に、そのまま結びついてゆくからだろう。
それは僕たちが、安易な回答や説明でごまかしがきかない、同じ国、同じ現実にいる、当事者自身であることに気づく。この未解決の問題を抱えているのは、僕たち自身なのだ。
観る価値が失われることがないのは、福島の人々が避難をすることになったその原因である原発、そして放射能が、もうこの国に住む僕たちの生活にも、しっかりと潜んでしまっていることが、避けられない事実であるからだ。
原発事故から2年近く経ち、おそらく多くの人は、こうした話題に倦み疲れているのだろう。
「もういいよ、その話は。」
それが正直な感想なり気分だろうと思う。しかしそうした気持ちが、知らず知らずのうちに忘れたつもりになって、話題をタブー化してゆくことは、けっして気持ちのいいものじゃない。
この映画は、311以降少しずつ気持ちを新たに、前向きに生きようとしている人たちにとって、足止めをかけるものなのかもしれない。
けれど原発や放射能の問題が、何も終わっていないことを見つめることなく、忘れたように未来を描こうとしても、それはどこまでも嘘くさく、空虚で危険だと感じてしまう。
震災や福島の人々を忘れないでいることからしか、僕たちの未来は訪れない。